そば打ちと縄文の豊かさ

西箕輪のおまつり。わたしの住む集落は、「新そば」を販売しました。朝から男衆がそばを打ち、大きな釜でゆで上げて、女衆がねぎ・とろろ・汁を入れてお客さまの応対をする。絶妙なチームワークでした。

蕎麦は、縄文後期には日本にあった!で食べられていた!

蕎麦が我が国に登場するのは、縄文時代後期の北海道などいくつかの遺跡から出土した蕎麦の花粉としてです。蕎麦以外でこの時代から現在まで続いている穀物は少ない。稲作が我が国に持ち込まれるよりも蕎麦の方が早いと考えられます。

争いのない調和の世界縄文 そして西箕輪

今回の西箕輪のおまつり、隣の集落である 梨の木は、手作りこんにゃく、与地は、手打ちうどんを販売していました。
どの集落とも顔見知りで仲が良く、それぞれの集落に差し入れしあい、競争しあうことなく、応援しあい、みんなで完売となりました。
それぞれの集落を尊重し、応援し合う様子がとても印象的でした。
ここ西箕輪は、縄文土器や黒曜石もでてくる古くから栄えた土地。
縄文人は、争いを好まない愛と調和の世界に住んでいたといわれていますが、西箕輪の人々にもこの血がながれているのだなぁ、と感じました。

争うことなくみんなで豊かになる。そう、わたしの屋号であるAbundanthia に通じる在りようです。

キノコ鍋で豊穣の循環

この西箕輪まつりで、わたしは「キノコづくしセット」が当選しました。
キノコのたっぷり入った鍋を煮込み、わたしの塾に通ってきているテスト直前の生徒さんの自習時間にキノコ鍋とかやくご飯のおむすびを差し入れしました。
縄文的Abundantiaな豊かさは、循環することにより分かち合い、よりいっそうの豊かさを感じることができるようになるもの。
自然の豊かさに感謝して表現することができること、感謝です♪

そして一週間後…

我が家に帰ると、壁の佇まいがなにか違う。。。 なんだろう?と近づいてみたら、ネギ50本ともみ殻の山でした。
もみ殻をよけたら大根10本が、縦に埋められていました。

そう。 西箕輪まつりでご一緒したご近所さん、あの時「野菜いるか?」と聞かれ、「どうやって冬こしたらいいかわからないからネギ2本ください。」と言ったら「埋めればいいんだよ。」と言った会話を思いだしました。
そのご近所さんからのプレゼントでした。


あぁ、無限の豊かさがここにある・・・。

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